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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2628号 判決 1982年2月16日

控訴人 昭和木材工業有限会社

右代表者代表取締役 井上正一

控訴人 井上正一

控訴人ら訴訟代理人弁護士 喜多良雄

被控訴人 上田商工信用組合

右代表者代表理事 西川伊次郎

右訴訟代理人弁護士 花岡正人

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  求める判決

(一)  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人昭和木材工業有限会社に対し、金一、七六四万円およびこれに対する昭和五二年三月二九日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人らと被控訴人との間において、控訴人昭和木材工業有限会社(債務者)と被控訴人(債権者)の昭和四七年六月一二日付消費貸借契約に基づく金六五〇万円、同四九年一一月五日付準消費貸借契約に基づく金八九〇万円の各貸金債務が存在しないことを確認する。

4  被控訴人は、控訴人井上正一に対し、別紙物件目録(イ)記載の土地につき長野地方法務局上田支局昭和四五年七月一一日受付第三、一三七号、同支局昭和四八年九月二七日受付第一八、一三六号、同目録(ロ)記載の土地につき同支局昭和四一年四月一日受付第五六三号、同支局昭和四八年九月二七日受付第一八、一三六号、控訴人昭和木材工業有限会社に対し、同目録(ハ)記載の建物につき同支局昭和四三年三月一五日受付第四八九号、同支局昭和四八年九月二七日受付第一八、一三六号、同目録(ニ)記載の建物につき同支局昭和四五年三月一〇日受付第一、二七六号各根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

5  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

6  第二、第五項につき仮執行宣言。

(二)  被控訴人

主文第一項と同旨。

二  損害賠償請求事件(原審・昭和五二年(ワ)第八六号事件。以下八六号事件と略称)における当事者の主張

(一)  控訴会社

「請求原因」

1  訴外株式会社長野木材市場(訴外会社と略称)所有の長野県長野市大字屋島字福島境七九六番ほか七筆の土地上の家屋番号七九六番、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建事務所一棟ほか附属建物五棟(本件建物と略称)につき、被控訴人の申立により、長野地方裁判所において任意競売手続が進行し、昭和四四年四月三〇日がその競売期日と指定された。

2  被控訴人の南波課長(訴外南波と略称)は、昭和四四年四月二八日、被控訴人のためにすることを示して、控訴会社に対し、右競売期日において被控訴人が本件建物を五〇〇万円で競落し、控訴会社が右競落代金五〇〇万円とこれに対する利息金の合計額を代金とする買受の申込をしたときは、これに応じ、本件建物を控訴会社に売渡すことを約した。

3  被控訴人は、右契約に先立ち、訴外南波に右契約締結の代理権を与えた。

4  かりに右代理権を与えていなかったとしても、訴外南波は被控訴人の営業課長として任意弁済の受領、競売申立などの権限を与えられており、控訴会社は、訴外南波が日頃、被控訴人の山越常務理事と緊密な連絡をとり、多くの事務を任されていたことを見聞していたから、訴外南波には右契約締結の代理権があると信じたことにつき正当の理由がある。

5  ところが、訴外南波は、昭和四四年四月三〇日の競売期日に遅刻したため、訴外有限会社小山商事が本件建物を一二〇万円で競落し、競売費用を控除した競落代金残額一一八万円が債務者訴外峰村久夫名義の債務に充当された。

6  被控訴人の右債務不履行により控訴会社は次の損害を被った。

(1) 三八二万円

訴外昭和興業株式会社(昭和興業と略称)は、その従業員である訴外峰村久夫名義で被控訴人から貸付を受け、訴外会社がその物上保証人として本件建物に根抵当権を設定していたものであるが、昭和興業は昭和四三年一〇月倒産し、同年同月その第二会社として設立された控訴会社は、右根抵当権により担保されていたものを含む昭和興業の債務を引受けた。

本件建物が前記契約どおり五〇〇万円で競落されておれば、更に三八二万円(五〇〇万円から前記弁済充当額一一八万円を控除した額)が控訴会社引受の右債務の弁済に充当された筈である。

(2) 三八二万円

右は本件競落後、控訴会社が被控訴人に支払った右(1)の消滅した筈の債務の利息金である。

(3) 一、〇〇〇万円

本件建物の競落当時の価額は、少なくとも一、五〇〇万円であったから、控訴会社は一、五〇〇万円から被控訴人からの買受代金五〇〇万円を控除した一、〇〇〇万円の利益を失った。

7  よって、控訴会社は、被控訴人に対し右損害合計一、七六四万円およびこれに対する調停申立によりその支払の催告をした日である昭和五二年三月二九日以降右完済までの民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

(二)  被控訴人

「請求原因に対する認否」

その1は認める。

その2、3は否認する。

その4のうち訴外南波が当時、被控訴人の営業課長であったことは認めるが、その余は否認する。

その5のうち競落代金残額の債務充当の関係は争うが、その余は認める。

その6は否認する。

「表見代理の主張に対する抗弁」

控訴会社は、訴外南波が請求原因2の契約締結の代理権を有しないことを知っていたものである。

(三)  控訴会社

「右抗弁に対する認否」

否認する。

三  債務不存在確認など請求事件(原審・昭和五二年(ワ)第一三四号事件。以下一三四号事件と略称)における当事者の主張

(一)  控訴人ら

1  (1) 昭和興業は、昭和四一年三月二八日、被控訴人と継続的金融取引契約を締結し、控訴人井上は、昭和興業の右取引上の債務を担保するため、右同日、別紙物件目録(ロ)記載の土地につき、被控訴人と根抵当権設定契約を締結し、同年四月一日、長野地方法務局上田支局受付第五六三号で根抵当権設定登記がなされ、昭和四六年二月一九日、右債務者は控訴会社に変更され、同年同月二三日、その旨の変更登記がなされ、(2) 控訴会社は、昭和四五年七月七日、被控訴人と継続的金融取引契約を締結し、控訴人井上は、控訴会社の右取引上の債務を担保するため、右同日、別紙物件目録(イ)記載の土地につき、被控訴人と根抵当権設定契約を締結し、同年同月一一日、前記支局受付第三、一三七号で根抵当権設定登記がなされ、(3) 昭和興業は、昭和四三年三月八日、被控訴人と継続的金融取引契約を締結し、昭和興業は、右取引上の債務を担保するため、右同日、別紙物件目録(ハ)記載の建物につき、被控訴人と根抵当権設定契約を締結し、同年三月一五日、前記支局受付第四八九号で根抵当権設定登記がなされ、控訴会社は、同年一一月一日、昭和興業から右建物を譲受け、同年同月九日、その旨の登記がなされ、昭和四五年七月一日、右債務者は控訴会社に変更され、同年同月九日、その旨の登記がなされ、(4) 控訴会社は、昭和四五年三月四日、被控訴人と継続的金融取引契約を締結し、控訴会社は、右取引上の債務を担保するため、右同日、別紙物件目録(ニ)記載の建物につき、被控訴人と根抵当権設定契約を締結し、同年同月一〇日、前記支局受付第一、二七六号で根抵当権設定登記がなされ、(5) 控訴会社は、昭和四八年九月二六日、被控訴人と継続的金融取引契約を締結し、控訴人井上は、右取引上の債務を担保するため、右同日、別紙物件目録(イ)、(ロ)の土地につき、被控訴人と根抵当権設定契約を締結し、控訴会社は、右取引上の債務を担保するため、右同日、別紙物件目録(ハ)記載の建物につき、被控訴人と根抵当権設定契約を締結し、同年同月二七日、前記支局受付第一八、一三六号でそれぞれ根抵当権設定登記がなされた。

2  控訴会社は、前記金融取引契約に基づき、被控訴人から昭和四七年六月一二日、六五〇万円を借受け、同四九年一一月五日、被控訴人と従前の別口貸金債務八九八万円、これに対する延滞利息一〇万四、一六八円(合計九〇八万四、一六八円)のうち八九〇万円につき準消費貸借契約を締結した。

3  控訴会社と被控訴人の取引が終了し、根抵当権が確定した昭和五二年八月一八日現在、控訴会社の被控訴人に対する債務は、元本八八六万八、六五三円およびこれに対する昭和五二年八月一八日以降の年二割五分の割合による遅延損害金である。

4  控訴会社は、本件(一三四号事件)訴状副本送達(昭和五三年一月七日送達)により八九号事件の損害賠償債権と右3の債務とを対当額において相殺する旨の意思表示をなした。

5  よって、控訴人らと被控訴人との間において右2の債務の不存在確認を求めるとともに、被控訴人に対し、控訴人井上は、別紙物件目録(イ)、(ロ)記載の土地につきなされた前記1の各根抵当権設定登記の各抹消登記手続を、控訴会社は、同目録(ハ)、(ニ)記載の建物につきなされた前記1の各根抵当権設定登記の各抹消登記手続をなすことを求める。

(二)  被控訴人

「本案前の主張」

一三四号事件における控訴人らの請求は、長野地方裁判所上田支部昭和五二年(ケ)第三五号事件に対する不服申立あるいは請求異議申立としてなすべきであり、右訴は、権利保護の利益を欠き、不適法である。

「請求原因に対する認否」

その2、3は認める。

その4のうち損害賠償債権の成立は否認する。

四  証拠《省略》

理由

一  被控訴人は、控訴人らの一三四号事件の請求は不適法である、と主張するが、右主張は採用しない。その理由は、原判決六枚目―記録一四丁―裏一〇行目冒頭から同七枚目―記録一五丁―表一一行目末尾までの理由記載と同じであり、それを引用する。

二  控訴人らの八六号、一三四号両事件における本訴各請求は、いずれも八六号事件における請求原因2の契約の成立を前提とするものであるが、それを認めるに足りる証拠はない。

すなわち、《証拠省略》によると、

1  訴外会社は、昭和四一年六月一七日、訴外株式会社八十二銀行(訴外銀行と略称)と手形割引などの金融取引契約を締結し、この取引上の債務を担保するため、右同日、訴外会社は、本件建物につき、訴外銀行と元本極度額五〇〇万円の根抵当権設定契約を締結し、同年七月六日、順位一番の根抵当権設定登記がなされた。

2  昭和興業は、その従業員訴外峰村久夫名義で、昭和四二年九月一八日、被控訴人と金融取引契約を締結し、この取引上の債務を担保するため、右同日、訴外会社は、本件建物につき、被控訴人と元本極度額二〇〇万円の根抵当権設定契約を締結し、同年同月二〇日、順位三番の根抵当権設定登記がなされた。

3  被控訴人は、昭和四三年三月、訴外銀行から訴外会社に対する債権七〇〇万円と順位一番の前記根抵当権を譲り受け、同年同月二六日、その旨の附記登記がなされたが、その際、被控訴人は、右債権のうち二〇〇万円を免除した。

4  昭和興業は、昭和四三年秋、倒産し、被控訴人に対する手形債務一六五万円の支払いができなかったので、被控訴人は、昭和四四年三月一四日、前記三番根抵当権に基づいて、本件建物につき長野地方裁判所に対し競売の申立をなし、同年同月一五日、競売開始決定がなされ、最低競売価額は一二〇万円と決定され、競売期日は同年同月三〇日と指定された。

5  訴外会社、昭和興業の代表取締役でもある控訴人井上正一は、本件建物を二、〇〇〇万円位で任意売却して被控訴人に対する債務(元本合計六六五万円)を弁済し、残金を再出発資金などに利用しようとして、任意売却に奔走したが、競売期日までに任意売却は実現しなかった。しかし、任意売却の努力を続けるため、被控訴人に、競売期日延期の申立を裁判所になすよう申し入れた。

6  これに対して、控訴人井上との交渉に当っていた被控訴人の営業課長訴外南波および営業担当の山越常務理事は、本件建物の任意売却の早期実現は期待薄であると判断のうえ、競売期日には被控訴人が五〇〇万円で競落し、競落代金によっても返済されない債務は、本件建物を後日、有利に転売し、その転売利益によって回収しようと決定し、理事長(西川伊次郎)の決済を受け、昭和四四年四月二八日、訴外南波は、控訴人井上に会い、同人からの前記競売期日延期申立の申入れには応じられないことおよび競売期日には被控訴人が五〇〇万円で競買申出をする旨を告げた。

以上の事実が認められる。

しかし、訴外南波の控訴人井上に対する右告知を、競売期日に被控訴人が本件建物を五〇〇万円で競落する義務を控訴人井上が代表取締役をしている控訴会社に対して負う旨の意思表示とみることは、競売が文字どおり競争売却であり、一定価額による競落は必ずしも実現確実なものではないことおよび右認定の被控訴人が五〇〇万円で競落する方針をたてた経緯に照らすと、甚だ困難であり、ほかにこれを認めるに足りる証拠はなく、更に被控訴人は本件建物を競落後、控訴会社に売渡すことを約した、との主張事実についても原審および当審(第一回)における控訴会社代表者兼控訴人井上正一本人尋問の結果中、これに副う部分は原審および当審における証人山越岩雄の証言、当審における被控訴人代表者西川伊次郎尋問の結果に照らすと採用できず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

なお、《証拠省略》によると、控訴人井上は訴外南波の遅刻により本件建物が訴外有限会社小山商事に一二〇万円で競落されたことについて被控訴人に再三抗議をなし、被控訴人も私鉄ストのためとはいえ、訴外南波が競売期日に遅刻したため、右の事態が生じたことについては、控訴人井上に多少の同情の念を抱いていたので、昭和四六年一〇月一九日、控訴人井上からの六〇〇万円の無担保融資の申出につき、井上も出席させたうえ、審議会が開かれたことが認められるが(このような審議会は開かれていない旨の《証拠省略》は措信できない。)、《証拠省略》によれば、右無担保融資の申出は結局、被控訴人により拒絶されたことが認められるから、右審議会開催の事実をもって前記請求原因2の主張事実を肯認することはできない。

三  そうすると、他の請求原因などを検討するまでもなく、本訴各請求は失当であり、これらを棄却した原判決は正当であって、本件各控訴は理由がないことになる。

よって、これらを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条本文、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 手代木進 上杉晴一郎)

<以下省略>

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